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コラム

福岡県西方沖地震から15年が経ちました

今から15年前の2005年3月20日。

福岡県西方沖地震があったのを、
あなたは知っていますか?

私はその日、この地震に
ものの見事に巻き込まれました。

あの時の恐ろしさは、
今でも覚えています。

私が巻き込まれた、
福岡県西方沖地震のお話しします。

よかったら読んでみてくださいね。

転勤先へあいさつ

私は、当時、神奈川県に単身赴任していたのですが、
福岡に転勤になる直前だったので、
前々日、3月18日に、転勤先へ挨拶しに
福岡に来ていました。

ちょうど3連休で、
金曜日にあいさつして、
月曜日に神奈川県に帰る予定でした。

ですから、自宅に泊まっていました。

 

2005年3月20日、
日曜日の午前11時前のことです。

私は、関東に住んでいたので、
小さな地震はよく経験していました。

それもあって、普通なら
寝ていたら多少地震があろうが、
なかなか起きません。

しかし、その鈍感な私が、
飛び起きるくらいの地震でした。

 

いままで経験したことの
ないような縦の揺れ。

そして、その揺れが
けっこう長く続きました。

 

私が住んでいたのは、一階だったので、
物が落ちたりとかはなかったのですが、
後から聞いた話では、高層マンションの上の階は、
ものすごい揺れで、食器などが落ちて、かなり割れたそうです。

私の転勤先も、10階建てのビルでしたが、
7階以上のパソコンが揺れで
机から落下して、かなり壊れたそうです。

 

私が住んでいたところよりも、天神あたりが
警固断層があるせいで、かなり揺れたみたいで、
渡辺通り沿いの、福ビルのガラスが大量に割れて、
歩道に落ちたと、ニュースになっていました。

私が住んでいたアパートも、
壁紙にヒビが入っていたりしました。

ですが、福岡市内では死者も出ず、
比較的平穏でした。

元妻のバイト先に

当時は、まだ結婚していて、
単身赴任だったので、
元妻は実家に戻っていました。

地震があった日の午後、
元妻がアルバイトしていたスーパーに、
元妻を車で迎えに行きました。

スーパーも普通に営業していましたし、
人々も普段どおりな感じでした。

 

その後、二人で、ファミレスに行き、
昼ご飯を一緒に食べました。

車だと気づかなかったのですが、
ちょくちょく余震で、揺れていました。

ですが、そこまでの揺れではなく、
ファミレスも普段どおりでした。

元妻を実家に送り、
私は自宅に戻りました。

余震の恐怖

出かけていた時には、
あまり気づかなかった余震ですが、
自宅に帰って落ち着くと、
結構な頻度で起こっているのに気づきました。

それも、結構強い余震です。

 

私は、それまで大きな地震を
経験したことがなかったので、
余震がこんなに恐ろしいものだとは
思いませんでした。

本震のような、恐怖を感じる揺れではないのですが、
絶えず揺れてるような感覚で、
ずっと緊張状態で、本当に気が休まらないんです。

その日の夜は、余震におびえつつ、
床に着きました。

地震から15年たって

あの地震から、もう15年が経ちました。

あの頃とは、全てが変わりました。

私自身の状況も変わりましたし、
あの、ガラスが割れた福ビルも、
再開発で解体されています。

 

この後、熊本でも大きな地震がありましたから、
この日本では、どこにいても地震がある、
というのがわかりました。

この、福岡県西方沖地震を経験できたのは、
また、何かの地震に巻き込まれても、
冷静に対処できると思いますから、
私にとっても良かったな、と思います。

それと、少し懐かしい気持ちになりました。

あなたも、地震には注意して、
本震よりも余震が恐ろしいこと
を覚えていてください。

 

最後までお読みくださり、
ありがとうございました。

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