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猿田信司の成功するブログ

コラム

あなたは「安楽死」を望みますか?

偶然、私の目に、
このニュースが飛び込んできました。

元金メダリストはなぜ自ら「安楽死」を選んだのか

2019年10月、車いす陸上の人気選手マリーケ・フェルフールトが安楽死したというニュースは、
母国ベルギーだけでなく世界中に大きな衝撃を与えた。
難病に屈しない豪快な走りで世界に感動を与えた人気アスリートは、なぜ自ら死を選んだのか。

出典:元金メダリストはなぜ自ら「安楽死」を選んだのか

日本では、認められていない「安楽死」。

「自分で死を選ぶこと」、というのが
良い事なのか、悪い事なのか、
私には判断できません。

 

しかし、この記事を読む限り、
この方は、治す方法のない難病にかかり、
絶え間なく、強い痛みに襲われていたそうです。

そんなつらい状況であれば、
死ぬことを考えるのは
私にも理解できます。

なにより、私自身も「自殺」
を考えたこともありました。

それに、両親が死に至る過程
も見てきました。

そんな私が、「安楽死」について
考えてみました。

よかったら、読んでいただいて、
「死ぬこと」について
考えていただけたらと思います。

安楽死パーティー

記事に書かれている、マリーケ・フェルフールトさんは、
安楽死することを決めたあと、友人知人を招待し、
「お祝い」のパーティーを開いたこと、
で、この記事は始まります。

ベルギーでは、2002年から、「安楽死」を認める法律ができ、
人口1100万人のベルギーで、
安楽死処置をした患者が、
2018年だけで、2357人いるそうです。

この安楽死の対象となるのは、
医学的に治す方法がない「絶望的な状況」であり、
耐え難い苦痛」を訴える患者で、
精神疾患もしくは認知障害も含むそうです。

この方のような、特殊な病気だけではなく、
末期がん、などにも適用されている
と思われます。

 

マリーケ・フェルフールトさんの両親を含めた、
パーティーの参加者は、やはり
楽しい雰囲気には、ならなかったようで、
理解はできても、安楽死への抵抗はあったようです。

その気持ちは、両親の死を体験した
私にもよくわかります。

私の両親のこと

私の両親は、二人とも、死ぬ2年ほど前から、
寝たきりで、話しかけても答えがなく、
生きているのか、死んでいるのか
わからないような状態でした。

「こんな状態で、生かし続けるのは正しい事なのか?」

「本人はまだ生きたいのだろうか?」

私は、両親を見ていて、
そんなことをよく考えていました。

 

しかし、両親に、その答えを、
直接教えてもらうことは、
もはやできませんでした。

問いかけたとしても、
答えが返ってくることは無かったでしょう。

 

こんな状態であっても、心のどこかで、
「まだ死んでほしくない」と思う私がいました。

私は、一人っ子で、
家族は両親しかいません。

もう何年も、意志の疎通ができない状態であっても、
それでも失いたくなかった。

もし、日本で「安楽死」が認められていたとしても、
私にはその決断ができなかったと思います。

両親はどう思っていたのだろう?

「死んでほしくない」と思いつつ、
同時に考えていたのは、
「両親はつらくないのか?」でした。

 

特に、父は、ものが食べられなくなり、
胃ろうを作るか、栄養剤注射をするか、
の選択を、私に迫られたことが、ありました。

胃ろうは、「父が望む以上に、
長く生かすことになってしまうのではないか」、
と思った私は、栄養剤注射を選択しました。

しかし、この栄養剤注射は、
腕に打つようなものではありませんでした。

 

栄養剤が濃いため、
腕のような細い血管に打つと、
血管が壊死してしまうそうなんです。

そこで、股間近くの鼠径部
というところの大動脈に毎日打つ、
というのを決断してから聞かされました。

その時から、半年近く、父は生きていたので、
半年近く、毎日、股にぶっとい注射を
打たれていたことになります。

 

この時、父に意識があったのか、
痛みを感じていたのかは、わかりません。

しかし、仮に意識があって、
痛みを感じてるのだとしたら、
「こうやって生かされるのは許されることなのか?」
と、正直思いました。

それでも、「安楽死」を選ぶことができたか?
というと、できなかったでしょう。

 

両親には、人が死んでいくさま
という大切なものを、
最後に学ばせてもらいました。

安楽死が必要になる時代

これから、日本は、
人口が減少していきます。

2050年には、日本の人口は
1億人を割る、と言われています。

つまり、人がどんどん死んでいく時代
「多死社会」になっていく、ということです。

「人生100年時代」と言いながら、
本当に健康なまま、
100歳まで生きられるのか、
というと、私には疑問です。

 

日本人の、2人に1人は、がんになり、
3人に1人はがんで死ぬ、
と言われているくらいです。

末期がんの痛みは、ものすごいもので、
多くの人は、痛みに苦しみながら、
死んでいきます。

そんなとき、もし「安楽死」と言う選択があれば、
必要以上に痛みに苦しまなくても、
ラクに死ぬことができるんじゃないか、
と私は思います。

 

今は、スイスが、国外の「安楽死」志望者
を受け入れているそうですが、その手続きが、
かなり大変で、お金も200万円以上かかるそうです。

もし、日本で「安楽死」ができるなら、
そして、私が病気で苦しんでいたとしたら、
迷うことなく「安楽死」を選ぶと思います。

痛かったり、苦しかったりするのに、
生かされ続けるなんて、
私はまっぴらごめんです。

 

「死」に関することは、人それぞれに考え方があって、
私の意見が「おかしい!」と思われる方も
かなりいらっしゃると思います。

それと、少し「死」を
タブー視しすぎている気もします。

人は、必ず死にます。

そして、その「死」はいつ訪れるのか
誰にもわかりません。

できる限り「生き続けたい」と思うのが人間ですが、
痛みや苦しみの中、生かされ続けるより、
「安楽死」を選ぶことができる社会になる、
と私は思います。

そのためには、法整備にあわせて、
「安楽死カード」のようなもので、
意識があるうちに、自分の意志を示す
ことが必要です。

本人以外は、判断できないのを
私自身体験しています。

 

また、「安楽死」に対する意識を
変えていくことも必要だと思います。

苦しみの末に死ぬより、
「安楽死」で安楽に逝きたいですね。

 

最後までお読みくださり、
ありがとうございました。

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